労働者のこだま(理論)

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zoom RSS 古代的生産様式とは?

  作成日時 : 2008/06/25 22:07   >>

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 われわれの“ご本家さま”であるマルクス主義同志会は、今度は史的唯物論の大改造に乗り出すそうである。

 もちろん、われわれはこういった議論の細部にわたってのおつきあいはしかねるのだが、そのような試みがどのようなものになるのかについてのアウトラインはすでに明確になっている。

 マルクス主義同志会によれば、「マルクスはその歴史的発展の大まかな社会形態として、アジア的生産様式(古代的生産様式)、ギリシャ・ローマの奴隷的生産様式、封建的生産様式、そして資本主義的生産様式の四つを提起した。」(『海つばめ』、第1068号)そうである。

 ところがマルクスの『経済学批判』の「序言」では、「大づかみにいって、経済的社会構成体のあいつぐ諸時代として、アジア的・古代的・封建的・近代ブルジョア的な諸生産様式をあげることができる」となっている。

 両者の違いはまったく明らかであろう。マルクスは古代的生産様式として、「古典古代」(古代のギリシア・ローマ)の奴隷制生産様式を指しているのにたいして、マルクス主義同志会はアジア的生産様式を「古代的生産様式」と呼んでいるのである。

 (現在の歴史学ではエジプト、メソポタミア、インダス、古代中国のような文明の発祥した時代を「古代」とよび、それと区別するために古代ギリシア・ローマを「古典古代」と呼んでいるが、これは19世紀以前には、メソポタミアのくさび形文字やエジプトの象形文字はまだ解読されていなかったので、古代ギリシア・ローマ時代より以前の歴史はよく知られていなかったからである。だから19世紀後半以降、読めなかった文字が読めるようになって新しく発見された「古代」と「古典的な意味での古代」の区別がなされている。19世紀に生きていたマルクスは「古代」という言葉を「古典古代」、つまり古代ギリシア・ローマ時代という意味で使っている。)

 マルクス主義同志会がこのように生産様式を一つずつずらそうとしているのは、マルクス主義同志会がアジア的生産様式の置き場所に困っているからである。

 彼らは古いスターリン主義者の公式見解である「アジア的生産様式=総体的奴隷制=奴隷制・農奴制の変種」という見解にも、日本共産党の新しい見解である「アジア的生産様式=原始共同体という見解」にも反対である。(この点について言えば、日本共産党もまた混乱している。不破哲三氏や林直道氏は原始共同体論だが、少し前に『赤旗』に掲載された読者の質問に対する回答では、『赤旗』はアジア的生産様式は奴隷制の一種と答えている。)

 それでアジア的生産様式について、マルクス主義同志会は羽仁五郎氏やF・テーケイのように「アジア的生産様式を貢納関係、もしくは貢納制度」と規定することから出発する。

 もちろんこれは正しくない。というのは「貢納」というのは剰余価値の取得の様式をあらわしているのみであって、なぜそのような貢納関係が生じているかにについての説明、すなわちどのような生産関係が貢納関係を可能にしているかの説明がないからである。

 またマルクスはこのような貢納関係を『資本論』では、「労働地代」のなかで説明しているからである。前にも引用したが再度引用しよう。

 「直接的労働者がまだ彼自身の生活手段の生産に必要な生産手段や労働条件の『占有者』であるという形態では、どの形態でも所有関係は同時に直接的支配・隷属関係として現れざるをえず、したがって直接生産者は不自由人として現れざるをえないということである。不自由といっても、それは夫役をともなう農奴制から単なる貢納義務までにいたるまでだんだん弱まるものでありうる。

 この場合には直接生産者は、前提によれば、彼自身の生産手段を占有しており、自分の労働の実現と自分の生活手段の生産とのために必要な対象的労働条件を占有している。彼は、自分の農耕をもそれと結びついた農村家内工業をも独立に営んでいる。この独立性は、たとえばインドでそうであるようにこれらの小農民が多かれ少なかれ自然発生的な生産共同体を形成しているということによっては解消されない。なぜならば、ここでは、名目上の領主にたいする独立性だけが問題なのだからからである。

 このような条件のもとでは、名目上の土地所有者のための剰余労働は、ただ経済外的強制によってのみ彼らから強奪されるのであって、この強制がどんな形をとるにせよそうなのである。それを奴隷経済や植民地大農業から区別するものは、奴隷はここでは他人の生産条件で労働していて独立に労働していないということである。だから、ここでは人身的従属関係が必要であり、どんな程度のものであろうと人身的不自由が、そして土地の付属物として土地に縛りつけられていることが、つまり本来の意味での隷農性が、必要なのである。

 もし、彼らに直接に土地所有者として相対すると同時に主権者として相対するものが、アジアでのように国家であるならば、地代と租税は一致する。または、むしろ、その場合にはこの形態の地代とは別な租税は存在しないのである。このような事情のもとでは、従属関係は、政治的にも経済的にも、この国家にたいするすべての臣従関係に共通な形態以上に苛酷な形態をとる必要はないのである。国家はここでは最高の領主である。主権はここでは国家的規模で集中された土地所有である。しかし、そのかわりにこの場合には私的所有者は存在しない。といっても、土地の占有や用益は私的なものも公共的なものも存在するのであるが。」(『資本論』第3巻、全集25a巻、P1013〜1014)

 マルクスはアジアに広汎に見られる東洋的専制国家の基礎となっている“国家的隷農制”についてこのようのに説明しているが、アジア的生産様式がこのようなものであるとすれば、それは「アジア的生産様式=総体的奴隷制=奴隷制・農奴制の変種」という古いスターリン主義と全く同じであろう。

 マルクス主義同志会は、スターリン主義を「アジア的生産様式=総体的奴隷制=奴隷制・農奴制の変種」でありアジア的生産様式を抹殺していると口汚くののしりながら、やはりスターリンは正しかったというのであろうか。ここには大きな矛盾があるのではないか?

 こうしてマルクス主義同志会はアジア的生産様式についてつぎのような定式を与える。



 「農業共同体」(アジア的生産様式)の概念をより深く規定

 マルクスは、ザスーリッチへの手紙の草稿で、「農業共同体」(=アジア的生産様式)を、それよりも「前古代的な型」(=原始共産制)から区別する特質を示している。

原始共産制社会:構成員は自然的血縁関係。生産手段・家屋の共有。

共同の生産。消費手段のみ分配。

←孤立した個人の弱さの結果であり生産手段の社会化の結果ではない。

アジア的生産様式:家屋と屋敷の私有。耕地の分割耕作と成果の私的占有。

         「共有から私有への過渡期」。

小共同体の首長―(連合?)―最高権力者による全国の土地の所有と支配―管理・官僚機構(首長=私的所有者予備軍 →王制への従属)

    =古代王制はアジア的生産様式の最高の発展段階。

    →私有関係の発展とともに解体(→奴隷制→封建制へ)



 つまり、マルクス主義同志会にとってアジア的生産様式とは、共有と私的所有が混在する“ゲルマン的”形態のことであるが、同時に彼らは所有の“ゲルマン的”形態よりも古い「前古代的な型」が存在することも認めている。(彼らはそれを原始共産制と呼んでいる)。

 しかし、マルクスは彼らが「農業共同体」(=アジア的生産様式)と呼んでいるものを「前古代構成体の最後の期間または最後の時期」にあらわれるものともいっている、つまり所有の“ゲルマン的“形態も“前古代構成体”の一つであるといっているのである。

 ここでもう一度『経済学批判』の「序言」でマルクスが与えた定式を見てみよう。ここではマルクスは「大づかみにいって、経済的社会構成体のあいつぐ諸時代として、アジア的・古代的・封建的・近代ブルジョア的な諸生産様式をあげることができる」といっていた。そして、“古代構成体”がギリシア・ローマの奴隷制を意味するのであれば、“前古代構成体”とは、いうまでもなくアジア的生産様式にもとづく社会構成体のことであろう。

 マルクス主義同志会が「前古代構成体の最後の期間または最後の時期」のみをアジア的生産様式としてとらえようというのは、もちろん、私的所有の要素がなければならないからである。つまりマルクス主義同志会は何らかの私的所有にもとづく階級社会としてアジア的生産様式をとらえたいのである。ここには、階級社会と私的所有を結びつけなければならないという見解が潜んでいるのである。

 だから、われわれはまず驚かせられるのである。

 というのは、アジア的生産様式(総体的奴隷制)をめぐる論争は現在では、歴史学上の問題としてばかりではなく、共同体所有、すなわち、社会主義的所有をめぐる問題ともなっているからである。

 マルクスはアジア的生産様式について、『資本主義的生産に先行する諸形態』(大月国民文庫)のなかで次のようにいっている

 「人間は、共同団体、しかも生きた労働のかたちで自己を生産し、再生産するところの共同団体の財産である大地と素朴に関係する。個々人は、いずれも所有者または占有者としてのこの共同団体の手足として、その成員としてふるまうにすぎない。労働という過程を通じておこなう現実の領有は、それ自身労働の所産ではなく、労働の自然的な、もしくは天与の前提として現れるところの、こうした前提のもとでおこなわれる。この形態は同一の《共同体的》基本関係を基礎としているが、大多数のアジア的基本形態の場合のように、総括的統一体は、これらすべての共同体の上に立ち、上位の所有者、あるいは唯一の所有者として現れるが、そのために現実の世襲的な占有者として現れるということは、さきの形態となんら矛盾するものではない。この統一体が現実の所有者であり、また共同体的所有の現実的な前提でもあるから、この統一体そのものは、この統一体そのものは、これら多くの現実的な特殊な共同団体の上に立つ、一つの特殊なものとして現れることができるのである。」(『資本主義的生産に先行する諸形態』、大月国民文庫、P10)

 つまり、アジア的生産様式にもとづく国家というのは、上位、下位という構造をもった共同団体の集合体であり、共同体的な所有にもとづいた社会であることがいわれているのだが、一方においてこの共同団体は原始共産制ともよばれている社会である。つまり文字通りに解釈すればアジア的生産様式というのは原始共産制にもとづく「総体的奴隷制」(これもマルクスがアジア的生産様式に与えた定義である)という一見すると矛盾にみちた社会のように思われるのである。

 マルクス主義同志会(全国社研→マルクス主義労働者同盟→社会主義労働者党)はこの間、一貫して、ソ連・東欧・中国を国家資本主義と呼んできたが、この国家資本主義をわれわれ(赤星マルクス研究会)は、国家資本による生産が主であるからそのように呼ぶのだろうと漠然と考えてきたが、最近分かったのは、マルクス主義同志会はそうではなくて、それが“ゲルマン的”所有のように、共同体所有のなかに私的所有(家屋や菜園の私的所有)が萌芽的に紛れ込んでいる社会構成体だからであり、“社会主義”的所有(国家所有、協同組合所有、全人民的所有)のなかに個人的所有(私的所有)が紛れ込んでいるからそうなのだ、というように理解しているということである。そういう点ではマルクス主義同志会はスターリンをスターリン体制を一掃徹底しなかった(農民に家屋や菜園の私的所有を認めそれを商品として売ることを認めた)と非難する超スターリン主義者あるいは直接的に商品生産を廃止しようとする21世紀のポルポト派ということがいえよう。

 この問題に対して、共産党の不破哲三氏はアジア的生産様式というのは原始共産制の一種である。すなわち、共産主義には本当の共産主義ばかりではなく、スターリン体制のように社会の構成員の全般的な奴隷状態をともなうものもある。しかしそれはスターリンの間違いによってもたらされたものでありその体制が社会主義もしくは共産主義であることには間違いはないというものだ。そういう点では不破哲三氏はスターリン主義のいくつかの欠陥を是正すれば社会主義であるという改良的スターリン主義者ということができよう。

 では、われわれはどうか?もちろんわれわれは社会主義=個人的所有の再建派である。

 われわれは原始共産制にもとづく共同団体は人類が定住し生産(農耕)を始めた時期に終了したと考えている。つまり、農耕の開始とともに所有が生まれ、共同団体は変質を開始しアジア的生産様式に移行していったと考えているのである。

 もちろん、所有が開始された当初の所有は共同体的所有であったのだが、共同体の構成員は自立していないために共同体に全面的に依存しており、共同体の維持・管理の機能は共同体の首長によって代行されていた。このような状態のもとでは共同体の構成員は事実上無所有であり、剰余生産物は首長の管理下にあった。また共同体を維持・管理するために首長は共同体の構成員を動員し、指揮・命令をくだしていた。

 つまり、生産とともにはじまった所有(共同体的所有)は、構成員大多数の無所有と首長への権限の集中という社会的な不平等をすでに含んでいたのである。(マルクスは社会主義のことを生産手段の共有にもとづく個人的所有の再建といったが、その意味は社会の個々の構成員が生産手段を共有に移して、社会にたいして主人として関わっていく、自分のものとして社会に関わっていくということである。そういう点では、生産手段を社会的所有としたとしても、その社会が社会の構成員とはよそよそしいものであれば、その社会を支配している者や団体、たとえばソ連共産党が支配者として君臨する一つの階級社会となるのはさけられない。)

 この共同体的所有の終わりについて、マルクスは興味深い指摘をしている。

 「この奴隷制および農奴制等は、共同団体と共同団体内の労働のうえにきずかれた所有の、必然的で首尾一貫した結果であるとはいえ、つねに二次的であって、本源的なものではない。なるほど、一人の強者、体力のすぐれた者が、はじめは野獣を捕らえていたが、やがて野獣を捕らえさせるために人間を捕らえるのだ、つまり一言で言えば、人間を他のなんらかの自然物同様に自然に存在する一条件として自分の再生産のために利用するのだ(その場合、彼自身の労働は支配することに解消する等)と考えるのは、きわめて簡単である。しかしこのような見解は――所与の種族団体または共同団体の立場からはどんなに正しくても――ばかげたものである。なぜなら、この見解は個別化された人間の発展から出発しているからである。人間は歴史的過程を通してはじめて個別化される。彼は本源的には一つの類体、種族団体、群棲動物として――けっして政治的な意味での一個の社会的動物としてではないけれども――現れる。交換自体はこの個別化の主要な一手段である。交換は群居生活を無用化し、それを解体する。」(『資本主義的生産に先行する諸形態』、大月国民文庫、P45)

 「共同団体が、その生産諸条件との一定の客観的統一における諸主体を想定し、あるいは一定の主体的定在が共同団体自体を生産諸条件として想定しているすべての形態(多かれ少なかれ自然生的であるが、同時にすべてまた歴史的過程の結果でもある)は、必然的に、制限された、原則的に制限された生産力の発展だけに対応する。生産力の発展は、これらの形態を解体するし、その解体自体が人間の生産力の一発展なのである。」(『資本主義的生産に先行する諸形態』、大月国民文庫、P46)

 共同体的所有を基礎とするアジア的生産様式(前古代的社会構成体)は、共同体内で進む個別化によって解体するが、マルクスは解体を促進させる要素として、交易の進展と生産力の発展をあげている。もちろん、私的所有は共同体内での個別化の進展を条件としている(そもそも共同体の成員が共同体に埋没している状態では「私」というものが存在しない)が、この個別化を個人として考えるのは歴史の飛躍というものである、個別化された個人は資本主義のもとでのみ存在するものであり、最初の個別化としては家族、家父長的な家族である。)

 また、この過程は生産力の一定の発展を条件としており、モルガンはそのめやすとして「鉄器の使用」をあげている。マルクス主義同志会はこのモルガンの学説を「唯生産力主義」などと嘲笑しているが、この場合、正しいのはモルガンである。

 不思議なことにマルクス主義同志会は「『文明』が誕生するには、農業の生産性が向上して、剰余生産物の可能性が生まれなくてはならず、またその私有を契機に階級分裂が進み、支配階級によって、単なる部族社会、共同体社会等々を超えた国家形成がなされなくてはならない。こうしたものは、『文明』もしくは『文化』の大前提であり、出発点であろう。」(『海つばめ』、第1060号)といいながら自分が言っていることをまるで理解していない。

 マルクス主義同志会は、モルガンが鉄器の使用によって『文明』がはじまるといい、アメリカ大陸の「古代文明」にそのようなもの(私有を契機に階級分裂が進み、支配階級によって、単なる部族社会、共同体社会等々を超えた国家形成がなされること)がみられないからモルガンの学説は破綻しているといっているが、それは逆であろう。アメリカ大陸ではインカ帝国のような「国家」は存在したが、私的所有は部分的にしか存在せず、共同体的な所有が残っており、「個別化」は進んでいなかった。だから基本的にアジア的生産様式にとどまっていたのであり、その大きな理由はアメリカ大陸には鉄器の使用した文明が誕生しなかったからである。

 また東アジアでは、中国で鉄器の使用が広まったのは春秋・戦国時代であり、秦の始皇帝が武力で中国を統一した時には、すでに氏族社会は解体していた。日本ではちょうどヤマト王権が全国を統一したころであり、飛鳥時代にはすでに氏族社会は解体していた。

 だから東アジアでは歴史の早い段階でアジア的生産様式から「国家的隷農制」ともいえる、国家が小農民を直接支配する二次的な構成体へと移行しているのである。   

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