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zoom RSS 貨幣資本について

<<   作成日時 : 2008/07/03 01:17   >>

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 われわれ赤星マルクス研究会がマルクス主義同志会を離れることになった直接的な原因は、信用論をめぐる議論の過程ではっきりした見解の相違をめぐってであった。
 
 より直接的には「貨幣」と「貨幣資本」の区別をめぐるものであった。
 
 スコラ哲学をこととするマルクス主義同志会は、貨幣は貨幣であり、貨幣資本は貨幣資本、すなわち、資本であるという議論に終始していた。
 
 だから、われわれがいくら貨幣資本は、貨幣として機能する場合と資本として機能する場合があると説明しても彼ら(マルクス主義同志会)は理解できなかった。
 
 それでわれわれはマルクス主義同志会のなかでこれ以上議論しても無意味であると判断したのだが、その相違が、今、重要になっている。
 
 というのは通貨当局、すなわち日本銀行のインフレ政策(流通する紙幣を増加させる政策)は、直接的に流通のなかに“成長通貨”すなわち増発された紙幣をねじ込むやり方ばかりではなく、市場に貨幣資本を供給するというやり方でも行われる。
 
 特に、金融政策と呼ばれる貸し出し金利を低くするというやり方では、日銀が市場に供給するのは貨幣資本であり、マルクス主義同志会の観点、すなわち、「貨幣資本は貨幣ではない」という観点に立つのであれば、このようなやり方ではインフレ、すなわち価値章標(紙幣)の増加にはつながらないと判断するべきだろう。
 
 しかしマルクスはいっている。
 
 「貨幣資本(われわれはしばらくは、いま貨幣資本がわれわれの前で演ずる特定の機能の範囲内だけでこれを問題にするのであるが)の理解については、通例二つの誤りが並行しているかまたは交錯している。
 
 第一には、資本価値が貨幣資本として行うところの、そしてそれが貨幣形態にあるからこそ行うことのできる諸機能が、まちがって資本価値の資本性格から導き出されるのであるが、これらの諸機能が行われるのは、ただ資本価値の貨幣状態のおかげなのであり、ただそれの貨幣としての現象形態のおかげである。
 
 そして、第二にはこれとは反対に貨幣機能を同時に一つの資本機能にするこの機能の独自な内容が貨幣の本性から導き出される(したがって貨幣が資本と混同される)のであるが、じつは、この資本機能は、ここでG(貨幣)―A(労働力商品)が行われる場合にそうであるように、単なる商品流通とそれに対応する貨幣流通とでは決して与えられていない社会的諸条件を前提しているのである。」(『資本論』、第二巻、全集24巻、P44)
 
 最初に、マルクスは、「われわれはしばらくは、いま貨幣資本がわれわれの前で演ずる特定の機能の範囲内だけでこれを問題にする」といい、全集の2巻まで、すなわち、信用や「利子生み資本」を含まない範囲で述べと断っている。
 
 ここでマルクスのいう「貨幣形態にあるからこそ行うことのできる諸機能」というのは簡単に言えば、貨幣資本(貨幣形態にある資本)が購買手段または支払手段として機能することである。
 
 何か(原料、設備、機械、労働力商品等)を買うための手段として貨幣資本が機能するのであれば、それは貨幣としての機能でそうしているのであって、資本としての機能で行っているわけではない。
 
 これに反して、G(貨幣)―A(労働力商品)が行われる場合にはそれは貨幣を資本として機能させている。(労働力商品を購入するということ自体が貨幣を資本として機能させることを前提としている。)
 
 このマルクスの見解を、マルクスが指定した範囲を超えて、考察するなら、金融機関や機関投資家が低利で借りた貨幣資本で、株式、先物商品、国債、利子付証券、その他の金融商品を買うのはそれを資本として機能させてキャピタルゲイン(売買の差額利益)を売るためである。そういう点では広い意味での利子生み資本として資本を機能させているのだが、諸債権や現物商品を買ったり、売ったりするという点では貨幣として機能させている、すなわち購買手段、支払手段として機能させているのである。
 
 だからこのような利子生み資本が増大するということは、貨幣という観点から見れば、貨幣として機能する貨幣資本が増大しているということであり、貨幣が増加しているのと同じである。
 
 しかし、これはたいていの場合、価値章標の増加によるインフレの原因とはならない、それは通常これらの貨幣資本は資本市場(株式市場や債券市場)で滞留し、そこで頻繁に売買を繰り返すだけだから、株が上がる、債券価格が上がる(金利が低下する)という現象にとどまる。ブルジョア経済学ではこれを“ストック(資本)インフレ”と呼んでいるが、ストックインフレは物価の上昇をともなわない。ただ異常な加熱相場が相当期間続けば、貨幣資本の一部は流通部面に流出しインフレとなっていく。
 
 これに反して、現在の情況は、資本市場(株式市場や債券市場)で信用収縮(信用不安)が起こっているために、本来貨幣資本が向かうはずの資本市場には向かわず、商品の先物、現物市場に貨幣資本が大量に流入しているのである。
 
 この場合、貨幣資本は現物であれ、先物であれ、購買手段として、支払手段として、機能しているのであって、単純にいえば、貨幣として機能している貨幣資本が過多になっているのである。したがってこの場合、当然、商品を買うべき貨幣(価値章標)が多いという点で紙幣流通の法則が適用されて、諸商品の価格が暴騰するという結果になっている。したがって現在のインフレは“ストック(資本)インフレ”の変形したもの、または価格の上昇を伴う“ストックインフレ”とみなすことができる。
 
 この貨幣資本のもとをたどっていけば、各国中央政府の低金利政策による貨幣資本の供給過剰にたどり着くのだから、金利を上げれば、水道の元栓を止めれば漏水が止まるように、諸物価の高騰は止まるだろうが、“ストックインフレ”とは貨幣資本の観点からするならば資本の過多である。だから水道の元栓をひねって、流入する貨幣資本の総量を減少させれば、価格の高騰は止まるだろうが、それは資本の過多が資本の破滅という形式で解消されるということでもある。
 
 資本価値の急速な減価はそのものとして恐慌の現象そのものであり、資本の過多が恐慌によって解消されるということである。
 
 そういう点では世界は非常にむずかしい海域へと進んでしまったことは確かである。
   

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